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「皆さん こんにちは! 私は「高尾博士」。高尾のことならなんでも知っているんだ。高尾の楽しい話、知ってるとみんなに自慢できる(!?)話をご紹介しましょう。知りたいことをクリックしてご覧なさい。」





アサギマダラ

高尾山で出会える不思議なチョウにアサギマダラがいます。

アサギマダラは、タテハチョウ科マダラチョウ亜科に属し、羽を広げると10cm前後の大きさ。あまりはばたかずにふわふわと上品に飛ぶ浅葱色の斑紋様の透けるような薄い羽を持った可憐なチョウです。逆光で見るその容姿は、まるでステンドグラスとその美しさを絶賛する人も多いようです。羽には鱗粉がほとんど無いことも特徴です。初夏から発生しますが、晩夏から秋にかけて見る機会が多くなります。

さて、このチョウが、ことに有名なのは「渡り」をするチョウとしてです。このチョウは、春から夏にかけては本州等の標高1000m〜2000mの涼しい高原地帯で飛びまわりっているのですが、秋には冬越しのために、南方へ移動を開始します。最近のマーキング(印づけ)調査で、このチョウは海を渡って1000km以上も大移動するというのがわかってきました。
これが「渡り」といわれるもので、その飛行距離は、1日に何十キロと推定されます。海を渡って本州から台湾や沖縄までも飛んでいくといいます。実際、2000年に台湾台北市北部の陽明山でマークされた2個体が、鹿児島県と滋賀県で捕獲されました。

しかし、たかだか4ヶ月程度の寿命のチョウが、どうして自分達が時期がくれば渡りをすることを知っているのでしょうか。秋に南下する時、あんなか細いチョウが、どうやって偏西風に逆らって飛びながらどのように自分が行くべき方向を判断し、南西諸島の小島を探しあてることができるのでしょうか。
また、海を渡っている間の食物はどう確保するのでしょうか、海の夜では何処で休んでいるのでしょうか。アサギマダラには、不可解な行動や不思議な習性があり、まだその生態もよく知られていません。全国の研究者や愛好家は、このようなベールに包まれた神秘性にかきたてられ、また長距離移動のルートを調べようと、捕獲したチョウに記号をつけて放しています。

アサギマダラは春から秋にかけては、高尾山でも多く見つかっています。是非、高尾山においでの折には、この神秘的なチョウを探してみてください。運が良ければ、台湾や遠方からきたマークをつけたチョウと出会えるかもしれません。


浅川サバイバルレース

浅川に、またあのレースがやってきます。
「浅川に清流をよびもどそう」をスローガンに恒例となった「浅川サバイバルレース」は、知るひとぞ知るの人気イベントです。

八王子役所前鶴巻橋上流からスタートして、日野市万願寺歩道橋上流のゴールまで、11kmを趣向をこらした手づくりいかだ、既製カヌーボートで挑みます。参加者も年々増えているとのこと。急流あり、船を担いで越さねばならぬ浅瀬や堰ありのとんでもない(!?)コースで、声援と爆笑の嵐。(本人たちはいたって真面目なんですよ)
各自が様々ないでたちで参加するこのレースに、皆さんもぜひ参加してみませんか。

自分たちの手作りいかだやボートで参加し完走を目指す「手作りいかだ部門」
既成カヌーやボートで参加し完走を目指す「既成カヌー、ボート部門」
空き缶を拾いながら川を下り、拾った数を競う「オープンかんとりーレース部門」など

この浅川サバイバルレースは身近な自然環境に多くの人たちが目を向けてくれるように、との思いから出発したイベントです。

「環境に対する市民の意識は年々増しています。市民の力が行政をも動かす時代になっています。恐ろしい早さで環境が破壊されていった20世紀。新世紀は人類の進歩を優先させる時代から地球環境を優先させる時代に変わっていかなければならないと考えています。
私たちは、「よびもどそう浅川に清流を!」を合言葉に浅川サバイバルレースを開催してきました。本レース通じて参加者と共に「浅川」という自然を見守ってきました。大人も子供も一緒になって川遊びを体験してもらい、近くにありながら遠い存在であった浅川を身近に感じてもらえるよう大会を運営してきました。
 レースは今年で13回目を迎えます。誰もが参加でき、参加者が自然を感じ、失いかけた冒険心を取り戻すことができる大会運営をスタッフ一同心掛け、自然の大切さ有り難さを感じて欲しいと思っています。
 多くの皆さんに、本レースの趣旨をご理解いただきご協力いただけるようお願い申し上げます。」
                                                       実行趣旨より引用




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石川日記

高尾駅から甲州街道に沿って少し、西八王子方面へ向かうと、まもなく左手に両側に黒塀と脇に水路のある古道にでます。実はこれが、旧甲州街道です。最近は建替えが進みましたが、未だに江戸時代の面影が残る部分も多く、ほんのわずかの距離ですが、ほっとする路地でもあります。

ところで、この黒塀の屋敷に住む方たちは、大半が、千人同心の子孫ということです。
さて、この通りの北側には、農事日記「石川日記」で知られる石川家があります。
石川家は代々甲州武田家の遺臣で、後に徳川家に仕えました。そして石川源右衛門は、原(現在の東浅川町)に定住したのでした。

その後、千人同心として半士半農の生活を送った石川善兵衛が1720(享保5)年4月から書き続け、それより今日まで200年以上続いて書かれているのが石川日記です。
石川日記は、諸色覚日記ともいわれ毎日の天気、畑、山の仕事、穀物の作付け、収穫高、生活記録、日光勤番など、浅川地区の昔やそのころの様子を知る上でも貴重な資料になっています。この日記から江戸時代の天気や農業、信仰などを知る事ができるのです。八王子市の市指定有形文化財(古文書)となっています。
また、石川家では、戦前、副業で高尾山みやげの天狗面づくりもおこなわれていたようです。



花粉症と高尾山

高尾の山にはたくさんの皆さんに来ていただいてたっぷりと自然を満喫していただきたいのですが、はっきり言って花粉症の方はその時期の高尾は絶対避けてください。
花粉が飛ぶ時期になると我が家のベランダの手すりは、真黄色になります。高尾を歩くと肉眼で花粉が飛んでいるのが分かります。

この時期に花粉症の方が高尾を訪れるのは自殺行為と言えます。ご注意、ご注意。

昭和45年頃から花粉症患者が徐々に増えはじめ、昭和50年代に入るとその数が急激に増加しました。
それには、日本におけるスギの植林事情が影響しています。
昭和30年代に拡大造林と呼ばれる林業政策によって、日本中にスギが植林されました。この植林されたスギが成長して花粉を産生する樹齢に達し、昭和50年代にいっせいに花粉を飛散するようになったことが、患者急増の原因だといわれています。

花粉症どんとこい  高尾通信が主宰する花粉対策情報サイト




酒まんじゅう

八王子には、老舗の和菓子屋本舗が多いのですが、そこで必ず販売されているのが「酒まんじゅう」です。

また、八王子の諏訪町諏訪神社では、「まんじゅう祭り」が毎年8月26日から27日に行われ、無病息災、厄除けの酒まんじゅうが売られます。
あるいは、多摩あるいは横浜、町田、八王子を結ぶ「絹の道」周辺には「酒まんじゅう」が昔から多く作られていることのは有名です。酒まんじゅうは、これらの地域では古くから好まれ、お盆や祭り、十三夜などに各家庭でよく作られました。

これらの地域で共通していえることは、米作りに適さない山間地であることです。したがって、米作に代えて、麦や雑穀粉使用の発酵食品として家庭に伝わってきたようです。ほどよいあんの甘さと、ふっくらした酒まんじゅうの粉食文化の広がりは、多摩、武蔵の関東平野外辺部の丘陵山岳地帯を通っていた古代道「鎌倉街道」で結ばれ、群馬や栃木につながっているいう説もあるようです。

高尾の千代乃家は、大きくてふっくらとした手作り酒まんじゅうの店。餡も自家製で、店頭でのふかしたてを販売しています。1個110円。参道裏の新店舗で販売中のもみじ焼もちも好評です。


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城山

高尾をめぐる山々のなかに「城山」とつく山が多いのに気がついた方はいらっしゃいますか。
実は、城山と名のつく山(丘も含みますが)は、6つもあるのです。その名の通り、いずれも古来、城があった山です。これほどまでに城の数々があることをみても、いかに八王子から高尾の一帯が、戦国武将たちにとって、意味のある場所であったかうかがわれます。これをご紹介しましょう。

1.ハイキングコースでも有名な裏高尾町と南浅川町・神奈川県相模湖町との境界の山で高さは670.6m。高尾山よりやや高いということになりますが、北条氏の武田氏に対する防塁があったということで、この名がついているようです。高尾山から陣馬山へ続く縦走路や相模湖への東海自然歩道にあり、山頂の電波塔は、ハイカー達にも有名な目印。「小仏城山」と呼んでいる。

2.八王子城があったことから、この名前がついた。八王子城山とも呼ぶ。古来は、深沢山、牛頭山、慈根寺山、古城山とも呼ばれていたようだ。高さ445.5mで、高尾山の表参道の途中から、この山が対面に見える。山上の八王子城は、戦国時代最後の山城と言われ、本丸跡と言われる地点は、標高450mもあり、八王子全域を眺める絶好のポイントであり、ここに城を築いた意図はよくわかる。

3.椚田城があった山(初沢山)を地元の人は城山と呼んでいる。

4.上恩方町と下恩方町の境の山で、高さは、365.5m。浄福寺城があったことから城山と呼ばれた。別名、浄福寺城山、恩方城山、新城山。

5.片倉城のあった山を城山と呼んでいる。山というより丘である。

6.滝山城のあった山を城山と呼んでいる。

滝山合戦

八王子市高月町の滝山城は永正18(1521)年に武蔵国守護代の大石定重が築いた山城です。天文15(1546)年に小田原北条氏の軍門に下り、大石定久の養子として北条氏康の次男、北条氏照が滝山城を引き継ぎ居城としました。
滝山合戦は、永禄12年(1569)10月1日、北条氏照と甲州の武田勝頼で行われた攻防戦。

武田信玄は、この秋、北条氏を威嚇し続けていた。永禄11(1568)年、武田信玄の駿河討ち入りによって甲相駿三国同盟が破棄され、北条氏と武田氏が緊張状態に入っていたのだった。

武田信玄は、何とか北条氏をもう一度同盟者に戻そうと、関東侵攻に踏み切った。信玄を総帥として拝島大師に陣を構え、滝山城攻めには勝頼があたることになった。10月2日、滝山城内の小宮郭、三の丸一帯は陥落し、北条氏照は、二の丸二階門に駆け上りこれに応戦した。

信玄は、小田原城攻めを目前にして兵力の損傷を少しでも軽く抑えたいという気持ちから、あと一歩で陥落というところで、2日夜には包囲を解除し、全軍を反転させ杉山峠を越え、小田原城に向かったのだった。


高尾山学園

文部科学省によると、不登校の小中学生は全国で13万人に上る。
八王子市においても600人と推定され、深刻な社会問題となっているが、このような不登校の児童と生徒達が安心して通える学校を目指し全国初の小中一貫校となる東京都八王子市立高尾山学園(八王子市館町、山村幸太郎校長)が開校し、平成16年4月13日に始業式が行われた。八王子市の試みは全国初のケースとして注目を集めている。

学校に行かない、行けない児童・生徒が、自分の学力に合った授業を選択しながら、様々な学び体験を通して社会に適応し、目的をもって生活できるようにする。
これは、政府が進める構造改革特区の一つで、学習指導要領にとらわれず、体験学習に力を入れるなど新しい学校づくりに挑み、教育関係者や親の注目を集めています。

当初の入学者は小学生16人、中学生103人の計119人。市外出身者が半分近くで、通学のために関西から引っ越してきた子供や、都心などから約2時間半かけて通う子供もいる。

同学園の基本方針は、児童生徒の自立、自律を目指し、各人の学習進度に応じて弾力的な指導を行い、並行してカウンセラーによる人間関係の学習や体験学習または「ものづくり」を通して自自尊心を育てることを目的としている。
週19時限の授業のうち陶芸や生け花など、ものづくりや伝統芸能を学ぶ体験学習に4時限を充て、学年の枠にとらわれない習熟度別授業を進めるのが特徴です。

また、ユニークな体験講座としては、地元出身のプロゴルファー村田忠男さんがボランティアで、同校の生徒にゴルフを指導している。初めて触れるゴルフの世界に、生徒たちは熱心に村田さんのレッスンを受け、積極性も芽生えてきたという。平成13年3月の最終講座では、同市川口町の「GMG八王子ゴルフ場」で本コースデビューを目指すという。 このレッスンは、同市の黒須隆一市長とも親交のある村田さんが同校に「何かお手伝いしたい」と持ち掛け、平成16年10月からの体験講座でゴルフレッスンを受け持つことになったという。同校中学部の1年生3人、2、3年生各2人の計7人の男子生徒が受講を希望し、市内のゴルフ場や同校の校庭で、週一回のレッスンがスタートしたという。

ところで06年6月に「五体不満足」の著者で新宿区教育アドバイザーの乙武洋匡さんが、高尾山学園を訪れ、教育活動を視察した。 乙武さんは、約2時間かけて、銀細工や合唱、落語など興味のある活動に取り組む子供たちと交流し、教職員らに、現場の実情や指導法などについて質問していたという。その後の会見では、乙武さんは、「不登校だったとは思えない子どもたちの明るい笑顔が印象的だった。子どもたちが学校になじめるような様々な工夫が参考になった」と話していたそうである。


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高尾山展望塔(ゴンドラ)

高尾山のリフトは、高尾山の空中散歩として大人気ですが、実は、高尾山にも以前もうひとつの人気乗り物「ゴンドラ」(展望塔)があったのです。

これは、ケーブルカーやリフトを運営している高尾登山電鉄が1961年(昭和36年)に建設したもので、この年の5月に運転を開始しました。この展望塔は、標高518mの場所に38mの高さをもっており4人乗りのゴンドラが4基ついており、総16人が空中散歩を楽しんだのでした。回転しながら約20mほどをゆっくりと上っていくこの乗り物は高尾山の名物となっていました。このゴンドラは昭和40年には残念ながら撤去されてしまいました。

高尾山とろろそば

高尾山の代表的なたべものといえば、やはり「とろろそば」かな。

高尾山の麓から山頂にかけて、なんと23店ものそばやさんが軒を並べているんです。
そもそも、高尾山のとろろそばの始まりは、その昔、高尾山の薬王院に参拝にこられる方々の疲れをとってあげようと、滋養強壮によいといわれたとろろを消化吸収のよいそばにのせて出したことからだといわれています。このそばやさんの中の「竹乃家」が元祖とされる。店主の山本武さんによれば「先々代が大正13年(1924年)、店で出したのが始まり」。当時は駄菓子屋だったが、そばも出していた。自然薯(じねんじょ)を入れたところ評判になり、他の店にも広がったという。

でも本当に、こんなさっぱりとしたそばが、そんなにからだによいのでしょうか。

たしかに、ヤマイモにはデンプンの分解酵素である「アミラーゼ」が豊富に含まれています。このアミラーゼは、デンプンを糖質に分解してくれるので消化吸収を助けてくれます。しかも、すり鉢ですったキメ細かいとろろは、細胞が破壊されて細胞の中に閉じ込められていたアミラーゼが、外に出やすくなっているのです。

ところが、このアミラーゼ、実は、60度以上の熱を加えるとその働きが失われてしまうのです。ですから本当は、生で食べるのがもっともよい食べ方なんです。
ね、わかるでしょう。とろろそばはOKですよね。

また、その他にも、とろろにはビタミンB1、ビタミンC、カルシウム、カリウムとビタミン類やミネラル類が豊富に含まれているのです。この中でもとくにビタミンB1は、疲労回復にも効果のあるビタミンなんです。

また、そこそば自体にも秘密が。そばには、抗酸化物質として有名なポリフェノールの一種であるルチンが含まれています。ルチンは毛細血管を丈夫にしてくれるという働きをもっているんです。さらに、そばにはコレステロールを排出してくれる食物繊維が豊富。

とろろそばは、動脈硬化や高血圧症の予防にも役立つメニューなんですね。

昔の方は、もちろんこんな科学的な根拠を持ち合わせていなかったでしょうから、生活の知恵として、このとろろそばを編み出したのでしょうかね。

いずれにしても、高尾山のとろろそば、恐るべし!!!!
是非、ご賞味あれ!


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都レンジャー

都環境局は平成16年5月28日、小笠原諸島や高尾山で自然保護に取り組む非常勤職員「都レンジャー」の合格者6人を決定た。全国から139人の応募があり、倍率は約23倍に達したという。合格者は男性5人と女性1人で、20代が3人、30代が2人、40代が1人だった。

東京は、実は自然の豊かさにおいても日本有数の場所です。 国立公園は3箇所(秩父多摩甲斐・富士箱根伊豆・小笠原)もあり、面積においても東京都の約36%が自然公園に指定されており、この比率は47都道府県で1位です。しかし、東京の自然公園では、観光客や登山客等による過剰利用やマナーを守らない不適正な利用、希少な植物の盗掘等の不法行為により、自然の保護と利用のバランスが崩れかけているのです。また、小笠原諸島においては移入種の持ち込みによって、固有種の減少、林地や草原の裸地化、 さらには裸地化を原因とする土壌流出が珊瑚礁へ影響を及ぼすなどの自然破壊が進んでいます。このような課題に対応するため、東京都では自然公園を中心とした地域における自然保護と適正利用の担い手として、都独自のレンジャー制度を創設したのです。

都レンジャー(都自然保護員)の出陣式は、続く7月8日、檜原村の「檜原都民の森」三頭(みとう)大滝前で行われ、石原慎太郎知事がレンジャー1期生の6人を激励した。都自然保護員として採用され、2日から自然公園法の講義などの研修を実施する。

6人は小笠原地域3人、多摩地域3人に分かれ、国立公園などでの動植物の持ち込み・持ち出しの監視など不法行為の防止や利用マナーの向上などに取り組む。多摩地域では八王子市高尾山の自然公園管理センターを拠点に奥多摩町、檜原村などを巡回するという。

出陣式には、登山家で都レンジャー名誉隊長の野口健さん、河村文夫・奥多摩町長、坂本義次・檜原村長、観光客ら約100人が出席した。

代表の蜂須賀正行さん(41)が「自然公園の適正利用を進める現場主義のレンジャーとして活動する。貴重な自然を守り、次の世代に継承していけるように全力で遂行することを誓う」と決意表明すると、石原知事は「四つの都立大学を統合してつくる新大学に2年教程のレンジャー養成学校を創設し、日本中の国立公園をカバーする人材を育てたい。その1期生として経験を積み、知識、学識をつけてほしい」と激励した。

尚、東京都によれば都レンジャーの主な業務は以下の通りとされている。
(1)国立公園、国定公園、都立自然公園、自然環境保全地域及びそれらに隣接する緑地に立ち入る観光客等の利用者に対する利用マナーの普及啓発及び指導
(2)
国立公園、国定公園、都立自然公園、自然環境保全地域及びそれらに隣接する緑地における植物の盗掘等不正行為の監視及び是正指導
(3)指導標、歩道等自然公園施設についての点検及び危険箇所の応急補修
(4)動植物の生息、生育状況等自然環境の継続的な観測及び監視
(5)小笠原諸島における旅客船又は観光船が発着する際に行う、動植物の持ち込み、持ち出し等乗船者への検査等移入種対策への協力
(6)小笠原諸島における観光業者などへの指導及び助言





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