高尾の歴史 


  

 高尾山縁起によれば、ここを開いたのは遠く聖武天皇の時代にさかのぼるらしい。

 この時代は、日本古代史の中で最も華やかな奈良時代であり、奈良の都には東大寺の大佛殿などが造営され、日本全国六十余州の各々の国には、国分寺が建立された。

 真言宗智山派大本山である高尾山薬王院は、奈良時代の天平十六年(744)に聖武天皇の勅命を受け、東大寺大仏の建立の悲願のため諸国に国分寺造営を命じた天皇の願いを達成すべく薬師の像を刻んだ行基菩薩が東国鎮護の祈願寺として、道を開いたと言われている。

  

 高尾山の歴史
   真言宗智山派大本山である高尾山薬王院は、奈良時代の天平十六
   年(744)に聖武天皇の勅命を受け、東大寺大仏の建立の悲願のた
   め諸国に国分寺造営を命じた天皇の願いを達成すべく薬師の像を
   刻んだ行基菩薩が東国鎮護の祈願寺として、道を開いたと言われ
   ている。

 小仏関所の歴史
   北の景信山と南の高尾山からの尾根と鞍部で、戦国時代の武田
   信玄の家臣、大月岩殿城主、小山田信茂が、武州滝山城を攻めた
   時に、この山路を越えて廿里の砦を急襲した頃から峠路として
   利用するようになったようです。

 八王子の歴史(大石氏から北条氏へ)
   南多摩地方では、室町から戦国時代にかけて多くの在地武士が生
   まれました。その代表的な豪族が木曽義仲の後裔といわれる大石
   氏です。もとは信濃藤原氏(沼田氏と同族とされる)の後裔と
   いい、信濃国佐久郡大石郷(長野県南佐久郡八千穂村大石)に住
   んでいたことから、大石氏を名乗ったといわれる。

 八王子城の歴史
   豊臣秀吉を意識し、戦闘用の城として移転するのが八王子城なの
   です。氏照が軍事の専門家だから滝山城では豊臣軍とは戦えない
   ことを十十里の合戦から判断していたのでしょう。情報にも強か
   った氏照は豊臣軍とは本拠の小田原城で籠城戦になると考えて
   いたのではないでしょうか。

 八王子千人同心
   天正18年(1590)八王子城が落城すると、徳川幕府は甲府
   との境にあった八王子を、関東入国に際して、甲斐・武蔵の国境
   警備の重要拠点、敵の侵入を阻止する重要な砦と考えました。
   甲斐武田氏の家臣だった小人頭とその配下250人を、八王子
   城下の治安維持と甲州道の警備のため、落城後間もない八王子城
   下に配したのでした。これが八王子千人同心の始まりです。

 松姫物語
   八王子と言えば「千人同心」の町であるが、その千人同心達の心
   の支えとなったのが信松尼こと「松姫」と言われている。
   松姫は永禄4年(1561年年)9月、躑躅ヶ崎館(信玄の居城)
   で誕生した。父は武田信玄、母は側室の油川ご寮人で四女とも六女
   とも言われる。
   



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