高尾の伝説と民話


  

 高尾山は伝説の山でもあります。
天狗にまつわる話や弘法大師のお話など山の霊験を伝え る話がたくさんあります。素朴でほのぼのとしたそのお話は高尾山が山岳信仰の山として 広く庶民に長く親しまれた結果かもしれません。


高尾山の七不思議


その1 たこ杉



 高尾山の名物に、樹高37メートル、目通り約6メートル、推定樹齢450の世にも不思議な形をした「たこ杉」がある。

 菊地ただし著「とんとん昔話」第十二話によれば、高尾山の天狗(てんぐ)衆にかかわる話。昔飯縄(いづな)大権現参詣の人々のために、天狗衆が参道を整備していた。

 ところが、根を四方に張った大杉に至り、思案の末に翌朝、これを引き抜くことを決めた。それを知った杉はあれ!一大事とばかりに一夜にして根をくるくると縮めてしまったそうです。そして、この盤根が「たこの足」に似ていることから命名されたという。

 ところで、この「たこ杉」にはもうひとつの話が伝わっている。
 今からおよそ600年ほども前のこと。

 17日の水行を終わった俊源大徳が、高尾山に登る道に大きな霊杉が根を張って、通行のじゃまであったのを見て、般若心経を唱えると一本杉は、たちまちくるくると根を巻いて道は開かれたといいます。以来、たこ杉、または、道を開いたところから開運杉とも呼ばれています。            

その2 天狗の腰掛け



 高尾山薬王院の少し手前にしめ縄をかけた杉の大木があり、その4本目の杉を「天狗の腰掛け杉」と呼ばれています。

 杉の木は、本来、幹も枝もまっすぐと伸びることは、皆さんもよくご存じのことでしょうが、この木は、たったひとところ奇妙に曲がりくねった枝があるのです。

 ちょうど座りやすそうな枝振りになっており、昔、天狗がそこに腰掛けたと言い伝えが残っているようです。


                       

その3 飯盛杉(箸立杉)


 昭和39年に都の天延記念物に指定された樹齢700年の杉の大木は、高尾山薬王院の門前の茶屋を左の方に下ったところにあります。

 いくつかの由来があるようですが、そのひとつに弘法大師が、お昼に使った箸を地面に突き刺したところ、芽を出して杉になったというものがあります。
 私は、この説が一番高尾にあっているようで気に入っています。

 また突き刺したのは箸ではなく杓子というものもあります。
 その内容は次のようなものです。弘法大師が高尾の参道を登ってこられると、杉の木達は枝を震わせたり、葉を鳴らしたりして騒ぎはじめた。
 ところが途中の並木の1本が枯れ木となっていたのです。
 弘法大師は傍らの杉の木にたずねたところ、この間の落雷に打たれてしまったとのこと「千年を共にし弘法大師様のおこしを待っていたのですが非常に哀れです」と別の杉が言ったところ、弘法大師は、1枚の飯盛りの杓子を取り出すと、枯れ木の跡に突き立てた。
するとあれよあれよと見る間に、ぐんぐん杉の木が伸びはじめ、枯れ木がよみがえって見事な千年杉となりました。




その4 盗賊耳附の板


 高尾山薬王院に今も秘蔵されているという「盗賊耳附の板」というのは、これまた何とも不思議な伝説です。

 その昔、盗賊が高尾山にはありがたい神仏の像や宝物がたくさんあるだろう、それをいただいてやろうと薬王院の飯綱権現堂に忍び込みました。
夜のなるのをまってその盗賊は、何か金目のものがないかと物色し始めました。
部屋のあかりがついていましたので中の様子を伺おうと羽目板に耳を当てました。
 中では僧侶が修行中でしたので、そっと他へ移ろうと身を退けようとしたところなんと耳が羽目板からはずれないではありませんか。
そこでこのままここにいてはつかまってしまうと懸命にはずそうとするのですがうんともすんとも耳がくっつきどうにもはずれません。あまりひっぱったものですから耳が痛くなってとうとう泣き出してしまいました。

 その声に坊さんたちは気がついてやってきました。 坊さんたちも盗賊をひっぱったり、羽根板を押したりしましたがびくともしません。そこで僧正様を呼んでくることにしました。
僧正様はこの姿を見るなり「これはありがたいことだ。羽根板に耳が張り付くなど、きっとこれはこの者の悪心、邪心を悔い改める機会を与えてくださったのだ。
 こんなにありがたいことはない。」とさとされると尊い法力をかけてくださった。
すると盗賊の耳は羽根板からすっと無事とれたそうだ。
盗賊は、僧正様の弟子にしていただき、厳しい修行の後、立派な坊さまになったそうだ。

その話から、この板にお参りし、お札を家に祀っておくと盗難除けのご利益があるといわれています。


その5 はりもみ


 高尾山はその植物の豊富さでも有名ですが、その樹木の中でたった一本しかないのが「はりもみ」の木です。自然研究路6号を登った谷にあります。


その6 岩屋大師


 その昔、弘法大師が高尾山にやってきたところ折からの雨が、嵐と変わり、大師に容赦なく襲いかかってきました。
ともかく山を下り始めたもののこのままでは体が冷え切ってしまいます。
岸壁ばかりの小道を行くと大岩の影に、ずぶぬれの姿でうづくまってい母子がいました。

気の毒にと近づいてみると母の方は病気でその子でもが懸命に介抱しているではありませんか。
 なんとかこの子のために雨宿りが欲しいものよと大師が合掌すると、突然、目の前の岩屋が音を立てて崩れ始め、ぽっかりと洞穴があいてしまったのです。
大師はそこで母子の冷えた体を温め、嵐の通り過ぎるのを待ったということです。

 岩屋の中は外の嵐から完全に遮断されて暖かく、見る間にこの母は回復していったということです。
 この洞穴は、「岩屋大師」と呼ばれ、自然研究路6号の途中にあります。


その7 祭り事の天気


 高尾山薬王院の春の大祭は、その天候が予測(予言?)できるということです。
 JR相模湖駅のそばにある与瀬権現にも春の大祭があるのですが、こちらが晴れだと薬王院は雨、向こうが雨だとこちらは晴れだそうです。これは毎年不思議と当たるそうです。






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