高尾の豆知識 


  


 高尾山縁起によれば、ここを開いたのは遠く聖武天皇の時代にさかのぼるらしい。

 この時代は、日本古代史の中で最も華やかな奈良時代であり、奈良の都には東大寺の大佛殿などが造営され、日本全国六十余州の各々の国には、国分寺が建立された。

 真言宗智山派大本山である高尾山薬王院は、奈良時代の天平十六年(744)に聖武天皇の勅命を受け、東大寺大仏の建立の悲願のため諸国に国分寺造営を命じた天皇の願いを達成すべく薬師の像を刻んだ行基菩薩が東国鎮護の祈願寺として、道を開いたと言われている。



3-2.いのしし捕物帳


 高尾山のふもとでは、例年10月末頃になるとイノシシによる被害が出始める。

 頑丈な金網を張っても、金網の下を掘って侵入すし、文字どおり猪突猛進で体当たりして壊したり、はたまた1メートルくらいの高さを軽々とジャンプして、この鉄壁の構えを軽々と突破してしまう。

 それではと、わなを仕掛けるにも、誤って人間がかかっては大変と単純にはいかない。勝手に猟銃で撃ってもいいかというと、お金を払った上での行政の許可が必要となる。また、地元猟友会の世話にならなくてはならない。

 首尾よく射殺したとしても、その後、ぼたん鍋を囲んで宴会とはいかない。いのししより恐い(!?)自然保護団体の誤解を招かないよう法律・各種ルールを十分に検討した後、いろいろな報告をしたりとあれこれ大変。金網を作ったり、脅しの仕掛けを作ったりと被害防止のための金はかかるし、手続きもお役所仕事で煩雑である。苦情を待たずに駆除する方法を役所はもちろん、自然保護団体も一緒になって知恵を出し合い、繁殖の場所を調査して春からでも対策をとってもらいたいものだとは地元の人の弁。

 もっともイノシシもいい迷惑だ。勝手に山の木々を伐採され、冬になれば食い物にもこまる始末。いきおい里へと降りてこなくては生きていけない。降りてきてちょっとつまみ食いをいすると追い掛け回され、脅かしてやろうと猪突猛進したら、今度は鉄砲を持って追いかけられる。ボタン鍋なんてとんでもない。なんて人間は身勝手なんだ.....(以上、イノシシのつぶやき)

 しかし、人間と動物の共存は、本当に難しいものだ。




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