高尾の豆知識 


  


 高尾山縁起によれば、ここを開いたのは遠く聖武天皇の時代にさかのぼるらしい。

 この時代は、日本古代史の中で最も華やかな奈良時代であり、奈良の都には東大寺の大佛殿などが造営され、日本全国六十余州の各々の国には、国分寺が建立された。

 真言宗智山派大本山である高尾山薬王院は、奈良時代の天平十六年(744)に聖武天皇の勅命を受け、東大寺大仏の建立の悲願のため諸国に国分寺造営を命じた天皇の願いを達成すべく薬師の像を刻んだ行基菩薩が東国鎮護の祈願寺として、道を開いたと言われている。



3-17.高尾山展望塔(ゴンドラ)


 高尾山のリフトは、高尾山の空中散歩として大人気ですが、実は、高尾山にも以前もうひとつの人気乗り物「ゴンドラ」(展望塔)があったのです。

  これは、ケーブルカーやリフトを運営している高尾登山電鉄が、昭和36(1961)年に、山上高尾駅前の霞台園地(総面積400平方メートル、海抜500メートル)に回転式上昇ゴンドラを建設したものです。
 この展望塔は、標高518mの展望台(現在は高尾山ビアマウントとしても人気の展望台)屋上に38mの高さをもっており8人乗りのゴンドラが4基ついており、総32人が空中散歩を楽しんだのでした。

 現在でもビアマウントとして素晴らしい景色を提供してくれる展望台ですが、ここからまだ回転して上昇するわけですから、八王子、立川はもちろん、東京都内から関東平野、日光連山、秩父の山並み、丹沢から大山、相模湾から江の島までもが展望できるとのことで高尾山の人気の場所になったのは当然でしょう。

 当時としての総工費4千万円は、高尾の田舎(!?)では驚きの金額だったのではないでしょうか。ゴンドラの製作は、昭和鉄工と関根組が施工しましたが、昭和鉄工は、名古屋三越の屋上観覧車や、東急プラザ蒲田、丸広百貨店の屋上観覧車を製造したいわばゴンドラの世界では知る人ぞ知る会社だったのですね。

 残念ながら、このゴンドラは昭和50年頃には撤去されてしまいました。




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