高尾の豆知識 


  


 高尾山縁起によれば、ここを開いたのは遠く聖武天皇の時代にさかのぼるらしい。

 この時代は、日本古代史の中で最も華やかな奈良時代であり、奈良の都には東大寺の大佛殿などが造営され、日本全国六十余州の各々の国には、国分寺が建立された。

 真言宗智山派大本山である高尾山薬王院は、奈良時代の天平十六年(744)に聖武天皇の勅命を受け、東大寺大仏の建立の悲願のため諸国に国分寺造営を命じた天皇の願いを達成すべく薬師の像を刻んだ行基菩薩が東国鎮護の祈願寺として、道を開いたと言われている。



3-10.高尾のまわりは城山だらけ


 高尾をめぐる山々のなかに「城山」とつく山が多いのに気がついた方はいらっしゃいますか。
 実は、城山と名のつく山(丘も含みますが)は、6つもあるのです。その名の通り、いずれも古来、城があった山です。これほどまでに城の数々があることをみても、いかに八王子から高尾の一帯が、戦国武将たちにとって、意味のある場所であったかうかがわれます。これをご紹介しましょう。

1.ハイキングコースでも有名な裏高尾町と南浅川町・神奈川県相模湖町との境界の山で高さは670.6m。高尾山よりやや高いということになりますが、北条氏の武田氏に対する防塁があったということで、この名がついているようです。高尾山から陣馬山へ続く縦走路や相模湖への東海自然歩道にあり、山頂の電波塔は、ハイカー達にも有名な目印。「小仏城山」と呼んでいる。

2.八王子城があったことから、この名前がついた。八王子城山とも呼ぶ。古来は、深沢山、牛頭山、慈根寺山、古城山とも呼ばれていたようだ。高さ445.5mで、高尾山の表参道の途中から、この山が対面に見える。山上の八王子城は、戦国時代最後の山城と言われ、本丸跡と言われる地点は、標高450mもあり、八王子全域を眺める絶好のポイントであり、ここに城を築いた意図はよくわかる。

3.椚田城があった山(初沢山)を地元の人は城山と呼んでいる。

4.上恩方町と下恩方町の境の山で、高さは、365.5m。浄福寺城があったことから城山と呼ばれた。別名、浄福寺城山、恩方城山、新城山。

5.片倉城のあった山を城山と呼んでいる。山というより丘である。

6.滝山城のあった山を城山と呼んでいる。





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