豊臣勢の八王子城攻めは、熾烈を極めたといわれる。
豊臣勢は歴戦の強者揃いであり完全武装の大軍団であったのに対し、城方は小数の武士と緊急に徴兵されてきた近隣の僧や農民はては女子どもであったという。一日で落城したというのも頷け、その落城にまつわる惨劇をより一層悲しいものとする。
熾烈を極めた合戦は、ここかしこに死体を積み上げ、その血はふもとの川へ下った。
ご主殿の滝には自刃した城方の武将達の妻や子ども、行き場を失ったにわか歩兵の農民たちが次々と身を投げた。そのため城山川は、血で真っ赤に染まり、この水で麓の里人達が米を炊くと赤く染まったという。
悲運に散っていった先祖の供養のためにとこの里では落城の日、あずきの汁で米をたき「あかまんま(赤飯)」のならわしを続けてきた。
城山川には蛭が多い。そもそもこのような澄み切った川に蛭がいるとは考えづらいのだがこれは壮絶な最期を遂げた兵士の血が化身したものといわれている。
城山近辺のくもは子持ちのくもが多い。これも、ご主殿の滝へ子どもを抱え飛び込ん武将の妻達の霊魂が化身したものだと言い伝えれれている。
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